都議会でみんなの党の塩村文夏議員が質問をした際に「早く結婚したほうがいいんじゃないか」などとやじが飛んだ問題。映像には出ていないが「(子供が)産めないのか?」といったヤジも飛んだようだ。「問うに落ちず語るに落ちる」とはよく言ったもので、この発言内容は発言者の本音ではないかと受けとれる。

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個人的には、我が家も子供がなかなかできない事もあり、強い憤りを感じている。この発言者が糾弾されるのは当然であり、早々に名乗り出て謝罪すべきなのは言うまでもない。ただ、過度に勧善懲悪の図式を煽ると発言者のみならず、家族や周囲の方々の生活すら脅かす事になるので、謝罪や処罰後についてはマスコミにも自制を求めたいところである。

今回の件。「ヤジは議場の華と言うがこれはヤジではない」マスコミも連日このように取り上げているが、では、なぜこのようなことが起きたのだろう?

私見だが、これは「女性だから……」というよりも、新参者に対しては最初に業界の厳しさを教えるという、日本に多くみられる風習が根底にあると考えている。簡単にいえば大相撲で数年前に問題になった新弟子への「かわいがり」というやつだ。

「かわいがり」というと聞こえがいいが、完全ないじめである。「業界の厳しさを教えてやれ!」なんて文句は、どこかしらでよく聞くフレーズである。すべてがそうではないのだが、医療介護業界も御多分にもれず、実習生に対してそんな事がまかり通っている事例がある。だからこんな事件が起きた。リハビリ実習で自殺 病院、学院に賠償命令 地裁

別に厳しさを教える事が間違っているというわけではない。厳しさといじめを履き違えるなと、いう話である。

今回の塩村議員は一年生議員。それも初めての質問。こうなると「議会や政治とは甘いもんじゃない事を教えてやる!」と息巻いている他党の議員にとっては、質問内容は二の次であり傍聴するよりも、ヤジ(と言う名の罵声)を浴びせるのが最も重要な仕事になっているのではないだろうか?

そこに政治があるのだろうか?
質問内容にあった女性の社会進出や子育て支援の議論があるのだろうか?

建設的に話を聞いたうえで飛ばすヤジとは一線を画す理由はそこだと思う。これが最近の政治の現場で常習的に起きている事が日本人としてなんともさもしい。本当の意味での政治の厳しさというものは何なのだろうか?

ちなみにこの一件後、塩村議員には多くの支援がついている。ただ、それは議会の外の話。議会の中で一人で戦う事は今後もあるだろう。そこに怯まず、この件を糧に本当の意味で女性が男性と平等に渡り合える事を証明できる存在になって頂きたい。政治に男性も女性も関係ない。女性の社会進出推進を考えるのであれば、それを議会での意趣返しと言う形で証明してほしいのだ。

その課程の中で、議会質問中にヤジを飛ばすおっさん連中を一蹴するぐらいたくましい政治家になられる事を期待してやまないのである。